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この小説は、死者が墓の中で目覚めるところから始まる。死者が足掻いたり唸ったり、読者としてはまず一番にぎょっとする。ところが不思議なことに、物語の進行とともに、物語全体にあたたかな空気が一貫して流れていることに気付くのである。
20代の半ば、折口信夫は自分の道を定めかねていた。学者の道へ進むか、歌人として文学に生きるか。そんな頃、柳田国男の「郷土研究」が創刊、進むべき方向性が見えてくる。一方、30歳にして口訳万葉集を仕上げアララギの選者にもなり、歌人釈超空としての地盤もできてくる。独特の折口ワールドは、古代研究者折口信夫によって深められ、また歌人釈超空によって究められ、熟成されていく。
この小説には、極めて艶めかしく美しい、セクシュアルなシーンがある。中将姫(南家郎女)が春の中日の翌々夜に見る、俤人に抱かれる幻想である。俤人とは冒頭の死者、大津皇子(滋賀津彦)である。この二人は現代から見れば同じ古代に属する人だが、実は違う時代に生き、この物語の時点では死者と生者として隔たっている。ここにさらに現代を生きる折口が絡む。艶めかしくセクシュアルな幻想は、実は折口自身が見たものなのだ。プラトニックな愛の対象であった同性の同級生、亡くなった彼と夢で出会った折口は、いつしか中将姫の身の上となり、なんとも温かい気分が残ったという。自身の感覚に残った夢と目覚め、史実・伝記が物語の中で美しく融合されてゆく。時間の軸は曖昧になり、死者と生者が混じり合う。折口にとって死者は、遠いものではなく、なんとか交感したい、そして交感し得る存在なのだ。
大津皇子は、この世に未練を残したまま刑死された成仏できない未完成霊である。未完成霊は、折口の学問のテーマの一つかもしれない。(これより後、藤井春洋や若い学生たちを戦争に送り出す。それは未完成霊を多く作り出す結果となり、後の折口を悩ませる。)学問となれば、実証や論理で説いていく説明世界である。現に、死者の書で印象的に描かれる中日の入り日は、ほかの著作では民俗学的に説明される。そのような民俗学・古代研究という学問の専門分野が、歌人の手によって美しい調べとなる。大津皇子や中将姫の世界が、共感をもって読者の肌のすみずみまで浸透し、あたたかな印象を残してゆく。熟成された折口ワールドがここにある。
4月、二上山は春が満ち溢れる。未完成霊大津皇子もやっと成仏しているに違いない。
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