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流されるままに。 呑んでいればご機嫌。
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永田岳の麓の水場は、すぐには見つからない。地図にはあるが、見当たらない。通常ここは通過地点である。通過地点とする人たちは、ここでの水を諦めて先へ進む。ここでの水を諦める代わりに、次の水場情報が、行く人と来る人の間で交換される。どちらから来てどちらへ行くにしても、5時間先にある小屋までがその日のコースとなる。小屋までたどり着かなければならない人々にとっては、のんびり水を探し回るべき場所ではないのだ。ところが、私たちはここで一晩を過ごすことに決めたのだった。水がなければ始まらない。まずは水である。水はあるはずなのだ。

道の一本下に、道なき道のような、踏み跡があったようだ。同行者が笹の中へ分け入っていく。

その道なき道は、かつては一般的な水場への道だったのかもしれない。下は沼地、しゃがんで笹を掻き分けて進む。藪漕ぎの距離、たかが3m程度か。その距離を進むのに、足は登山靴の紐をしっかり結び、レインウエアはフードまできちんとかぶって挑まなければならない。登山靴を軽くつっかけていたら沼に靴を取られるし、レインウエアで防御しなければ手も顔も瑕だらけだ。

そんな藪をくぐり抜けると。

そこは谷にひらけた川原だった。水が広がる。ある程度水が溜まり、かつ流れのあるところを探す。ひょいひょい水を跨いでいくと、手首くらいまでつかりそうなところがあった。近づいてみると流れもある。ちょうどよく足場もある。ここにしよう。しゃがんで水に触れる。両手で水を掬ってみる。ふと見ると、私の足の隣に、小さなくぼみが二つ並んでいる。鹿の足跡だ。この川原は、ここに暮らす鹿の水場でもあったのだ。鹿はここで水を飲み、水を浴びている。そして、水が流れていてちょっとした溜まりにもなっているちょうどここが、ここに生活基盤のある鹿にとっても、恰好の水飲み場だったのだ。

 ほんの少しの間、ここを貸してください。

ペットボトルで水を汲む。髪をほどき、その水を頭からかける。手拭を水に浸す。見上げると空と山。見渡す限り誰もいない。誰にも見られない。今はその姿を山の中に隠している小鹿たち。山の中からこちらを窺っている彼らを想像する。ここで彼らと共に生きている。そんな幻想に浸りながら、青い空の下、広い川原でただ一人、水浴びをする。

姿なき鹿の水場に清水掬ぶ
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