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流されるままに。 呑んでいればご機嫌。
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上総一の宮に過剰反応して、軽く飛ばしてしまったが、碧梧桐が昼飯を食べた御宿である。

1996年3月。わたしの目的地は、御宿の「ホテルニューハワイ」。ホテルニューハワイ!「月の~砂漠の~」という滝廉太郎の名曲とともに、違う時代へのトリップのような気分である。わたしが行くところは、日本だよね、わたしがいるのは平成、だよね。外房線の中で、何度自分に問いかけただろう。ホテルニューハワイへ行くのは、当時所属していたダンス部の、大学を超えた遊び企画で、他大との交流を目的とした、大合宿が、ここで行われるのであった。御宿に到着すると、冗談ではなく、本当に宿の名前は「ホテルニューハワイ」であった。海さえも見ず、いや、海岸を散歩したような気もするが、宿に籠って遊んでいた記憶しかない。他大の先輩の、試合で結果を出しているような憧れのダンサーの、直接のレッスンを受ける。昼間はごろごろして、夜は呑んだくれる・・・。あぁ、麗しき学生時代。碧梧桐は、「房総の景色を見ようとするには是非とも御宿以南に足を入れねばならぬ」と言っている。足を入れたのに、平成?という驚き意外が記憶から抜け落ちているのが、もったいない。ヤマザキでお菓子を調達したような気もするが、朝夕の食事もつくし、碧梧桐が昼食をとったような食堂が、この地に存在していたんだ、わたしはこの御宿の何も、何一つ見ていなかったんだ、ということが、あらためて感じられる。

こういう旅が目的ではない旅、というのも、若いころにはあったのだ。景色を見るよりも、心に何かを感じるよりも、日常から逃れた考え事をするよりも、自分を取り戻すよりも、ただひたすらその場を楽しむ、先輩の中に入ってどこでもできるような遊びに夢中になるのが一番の、そんなときも、あった。

明治39年(1906年)8月17日。雨。「雨を犯して出発すると、雨はだんだん強くなる。御宿で昼飯を食うて、大原行きの馬車に乗った。」碧梧桐の記録も、たったそれだけである。




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